爺の登山小史 No52
1980年(35歳)の10月16日、俺はS大山岳部のキャップテンF君と富山行きの夜行列車に乗った。目指すは黒部、奥鐘山西壁。単独で挑む筈だったが、F君がパートナーを買って出てくれたので甘えてしまった。彼とは2度ゲレンデに行き、パートナーとして信頼できると判断した。
10/17 昼過ぎ、生憎と雨に煙る黒部峡谷、欅平に着く。アプローチは黒部川本流を遡る。思ったより水量少なく、時折足元を横切る岩魚の影を見ながら進む。ただこのコースは黒四ダムが放水したら、日本海まで流されるリスクはある。1時間ほどで目指す奥鐘山西壁が見えてきた。上部は雲に隠れ、下部だけで500mの岩壁は、雨に濡れて光っている。対岸の岩小屋で一泊。人影は全く無い。
10/18 5時に起きる。深い谷底のせいもあり、真っ暗な中で出発準備。膝くらいの渡渉で取り付きへ。ガレ場を詰めアンザイレン。濡れた脆いフェースを慎重に登る。3P目は下り気味のトラバース。4P目、壁は垂直になり、登山靴をジョギングシューズに履き替える。未だクライミングシューズを知らない時代で、底の薄いジョギングシューズはこの花崗岩の岩壁にピッタリだった。垂直だがホールドの豊富なピッチは、フリーでグイグイ登れ、実に楽しい。5p目で通称、猿回しのテラス。くの字チムニーへの右上トラバースは一箇所、5級のフリーがあった。チムニーそのものはビショビショに濡れてはいるが、人工混じりの快適な内面登攀だ。チムニー内の最後のハングを越えると、ガクンと傾斜が落ち、くの字ルンゼに着く。ユマーリングで登ってくるF君は未だ馴れないせいか、操作ミスが重なり、貴重な時間がドンドン過ぎていく。10p目、残置ピトンが殆ど無い。所々にアルミリベットが見えるだけ。初登の紫岳会の連中が打った物だ。後の事等全く考えていない。そこが又良いところなんだが!次第に夕暮れが迫っている。
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日没と競う様に上を目指す。ヘッドランプを頼りに、15Pでボルトテラスに着いた時は暗闇になっていた。それこそ小さな椅子程の棚に2人並んで腰掛け、夜を迎える。足は400m下の黒部川にぶらさげたままだ。夕食はアルファ米にチョコレートを溶かした「チョコライス」。これが疲れ切った体に沁み込む様に美味い!雨が降り出し、ツエルトを被るが、膝から下は出ている。リュックに足を突っ込み、カバーする。
10/19 雨がザーザーとツエルトを叩く。壁全体が滝と化している。6時、F君持参の沢登りシューズを借りてスタート。手掛かりを掴む手首から水は情け容赦なく進入し、岩登りと言うより、海水浴に近い。沢登りシューズのおかげで、濡れたスラブも何とか突破できる。17P目から上部岩壁はルートが非常に複雑になる。トラバース、懸垂下降、振り子トラバース、とルートファインデイングを間違ったらアウトだ。雨は益々激しさを増し、余りの追い詰められ方に笑ってしまうほどだ。22P目、滝の直登が出て来る。完全に沢登りの世界だ。10月の雨に全身ビショ濡れの体はドンドン消耗して行く。26P目で上部三角岩壁下に達する。垂直のブッシュ登りは果てしなく続く。31P目でやっと、傾斜も緩んでくる。午後3:30、数本残ったスイスメタでお茶を沸かす。ザイルを解き、疲労と空腹でヨタヨタとヤブ漕ぎを続ける。午後5:30、暗くなり2度目のビバーク。激しく降り続く雨の中、一人用のシュラフカバーに無理矢理2人入り、体をくっつけて体温を保つ努力をする。カバーの中も水が溜まり、これでみぞれにでもなれば、2人とも冷凍人間だろう?
10/20 何とか生きてた。もうひとかけらの食料も無い。水を吸って重くなったリュックを背負う。要らないクライミング用具を棄てて行く。相変わらず降り続く雨の中を奥鐘山を越え、南越へヤブ漕ぎだ。途中でルートを間違え黒部川に下っていた。気がついて良かったが、そのまま行ってたら、多分死んでたろう。コンパスで確かめながら進む。水腹の割には良く歩いた。一瞬雲が切れて、遠くに望む立山連峰は新雪で真っ白だった。9時前南越に着いた。助かった!登攀を始めて以来、始めて二人握手をする。ここからは一般コースだ。祖母谷温泉の山小屋に寄り、食事を頼む。親切なご主人で、どんぶり山盛り2杯の飯とキノコ汁6杯をペロリと頂いた。昼前、欅平に戻る。奥鐘山の岩小屋に残してきた装備を回収に再び黒部川を遡る。雨のせいか水流はかなり早くなっていた。壁を見上げて、生きて帰れた事を感謝する。富山に着いて、銭湯に入ったら、酷使した手が腫れ上がって、握ることもできなくなる。めげずに富山駅前の飲み屋を3軒ハシゴ!
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by kikunobu111 | 2009-02-21 17:05 | ・爺の登山小史
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