爺の登山小史 No49
1980年元旦、俺とO君は夜行列車で松江を出発。目指すは、南アルプス甲斐駒ガ岳、黄蓮谷左俣。当時の日本の氷壁登攀史の中で、数々のドラマを生んだルートだった。アイスクライミングは大山北壁、天狗沢を10数回経験していたが、南アルプスの蒼氷はどんなものか腕試しの機会を狙っていた。翌朝、新雪が朝日にきらめく黒戸尾根を5合目小屋へ登る。下山してくるクライマーを見ると、ピッケルやアイスバイルの形状が全然違う。俺たちが持参したのはごく普通のピッケルだ。その上、役に立つと思って、魚屋が使う鳶口まで持ってきていた。
アタックの日、小屋から黄蓮谷へ下る。昼前、二俣に着く。F1は半ば雪に埋まっていた。F2は厳しかった。40mの斜度60~70度。貧弱な装備で鉄のように固い氷に苦戦する。大山の水っぽい軟氷とはえらい違いだ。ほんの数ミリ刺さったピッケルに殆どぶら下る様に攀じる。馴れない登攀に疲れきる。
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魚屋の鳶口は役立たずで棄てる。次々と現れる氷壁を越えてF5の青白く光る氷壁の下でビバークになる。大きな岩の下にツエルトを張る。寝る前に持参のやすりでアイゼンやピッケルの先端を研ぐ。静かな夜、眠れなくてツエルトのベンチレーターから外を覗くと、月光に照らされた木々の影が神秘的だった。
三日目、F5を越えると、最難所のF6が眼前に立ちはだかる。蹴りこむアイゼンの爪はガラスのように固い氷に簡単に弾き返される。突き刺すというよりも、そっと爪先を乗せる感じの登攀だ。F6を越えると氷壁は終わり、今度は猛烈なラッセルが待ち受けていた。後からやってきた3人組みと交代でラッセルを続ける。朝から降り続く雪は激しさを増し、ラッセルは6時間を越えた。稜線直下で目の前の雪面にバシッという音とともに亀裂が走った時は、心臓が破裂しそうだった。午後3時、風雪の黒戸尾根8合目に飛び出した。頂上は諦め、険しい尾根を下る。全身ビショビショに濡れて、5合目小屋に戻った。ダウンシュラフが水を吸って、ただの布切れ状態になり、疲れ切ってるけど、寒くて眠れない。
四日目、明け方、雪が止む。新雪に輝く黒戸尾根を下山。遠く奥秩父の峰峰が眩しく光る。
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by kikunobu111 | 2009-02-07 09:13 | ・爺の登山小史
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