爺の登山小史 No43 ヒマラヤⅣ
3/29キャンジエンから先は、全く人の住めない領域となる。広大なU字谷を時折砂塵に巻かれながら、5人は西遊記みたいに、進む。昨日から高山病になり、嘔吐しながらの行軍だ。4.000mのランシサカルカ(カルカとは、放牧小屋の事)を我々のベースキャンプとする。石積みの隙間風がビュービュー吹き込む土間で頭痛と吐き気に耐えて、うずくまる。翌日は休養日で、一日カルカの屋根で日向ぼっこしながら本を読む。時折、周りの鋭峰から落ちる雪崩の音がヒマラヤの空に吸い込まれ静けさが戻る。おかげで高山病も回復。
3/31ランシサ氷河にアタック開始。どの山も我々の経験と装備では、歯が立ちそうにないが、奥に見える美しいヒマラヤ襞を見せるウルキンマンなら、少しは登れるだろう?氷河の中心部は起伏が激しいし、クレバスも心配だが、サイドモレーン(氷河の堆積物の土手)の上なら歩きやすそうだ。しかし20kgのリュックを担いで、膝までのラッセルの急登はキツかった。サイドモレーンの上は、大山の縦走路に似たナイフリッジで緊張の連続だ。4500mでキャンプ。大事に取っておいた日本食は涙が出るほど美味かった。翌日ランシサリに食い込むルンゼをよじり、トラバース。もう5.000m近い。高度順化してるので、気分は上上。突然、大岩壁に行く手を阻まれる。サイドモレーンはそこで途切れて、氷河に降りようにも100m近い泥の断崖で袋小路となった。
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この瞬間、全てが終わったのを実感した。目指すウルキンマン峰は目の前にあるのに、どうしようもない。茫然自失!さっきまで光り輝いてたヒマラヤの峰峰が、灰色の書き割りみたいな印象に変わった。BCに帰ってもう一度挑戦するにも食料が無い。
 その夜、午後10時頃、眠れぬまま寝袋に入っていると、テントの周りをノッソリと歩くモノがいる。雪男?そのモノはゆっくりテントを一周して何処とも無く消えていった。俺は息を呑んで、ナイフを握り締めていた。翌日周りを探すが、氷結した地面には何の痕跡も無かった。
 意気消沈した我々は、トボトボと往路を引き返した。カルカで留守番してたポーターは残った食料を平らげていて、この時点で我々のヒマラヤは終わった。
by kikunobu111 | 2008-12-12 16:56 | ・爺の登山小史
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