爺の登山小史 No28
そして1971年夏、穂高岳に出発。35kgのリュックを肩に、意気揚々と涸沢を目指してスタートしたが、登山靴が擦れて痛みに耐えられず草履で歩く。涸沢ベースキャンプからまずは、北穂、滝谷1尾根にアタック。登攀自体より、取り付きまでのB沢の下降の方が悪く感じた。翌日は今回のメインターゲット屏風岩、東壁に午後遅く出発。横尾から川を渡って、壁は近づくほどに圧倒的にそそり立ち、闘争本能を刺激する。T4までのルートを間違え、新しく出来た「東壁ダイレクト下部」を登ってしまう。夕暮れの近いT4でビバーク。壁は夏の日差しで釜の中みたいに暑い。かなり持参した筈の水はドンドン減って行く。翌日も快晴。雲稜ルートは岩が焼けて余りの暑さにクラクラする。確保する時は、ジャケットを頭から被らないと、気が遠くなりそうだ。500mの空間の下にキラキラ光る横尾谷をアリンコみたいな登山者の列が見える。最後のハング下で水は無くなった。東壁ルンゼを登りながらも、頭の中は、水、水ばかり。やっと終了して、屏風の頭で渇きに耐えられず、残っていたウイスキーをコンロで沸かし、アルコールを飛ばした?つもりで、3人で分ける。これが最悪で、渇きは倍増!皆岩の上でのた打ち回った。涸沢へのトレールを半死人みたいに辿る。もうあかん!と言うところで道の横に残雪発見。雪をかじるが渇きは増すばかり。コンロを出して、鍋で解かして、底無しに飲んだ。一気に元気回復。
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翌日はケロリとして、前穂高東壁Dフエースを目指して、前穂北尾根に向かった。(若かったんだなー!)5~6のコルから尾根を伝い3~4のコルから急峻な谷を取り付きに向かう。所がDフエースは4パーテイも登っていて順番待ちが長そうなので、北壁~A,B.Cフエースに変更。さすがに途中から昨日の疲れが出てきてヨレヨレで前穂山頂へ。吊り尾根最低鞍部から頼りない踏み跡伝いに涸沢に戻った。そして運命の大山、大屏風岩、港ルート冬季登攀に向けてのトレーニングが開始された。
by kikunobu111 | 2008-06-25 14:58 | ・爺の登山小史
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