<   2009年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧
爺の登山小史 No48
見上げる摩天崖は思った以上にでかい。前日から下部にルート開拓中の仲間に合流する。最初の70m程は扇状地というか、土砂の堆積斜面を簡単に登れる。そこから登攀がスタートするのだ。1P目は割合堅い岩でピトンも良く効く。2P目、以前の残置ピトンやボルトを利用してテラスへ。海抜140m位か?ここからの100mが未知の世界だ。壁は垂直、やや被り気味。岩が極端に脆くなってくる。直登を試みるが、経験した事の無いボロボロ壁に手を焼く。ジャンピングでボルトの穴を開けると、普通10~15分掛かる所が、30秒ほどで開いてしまう。岩と言うより泥です。10mほど登ると神経が磨り減る。眼下に広がる日本海に向かって、いつ大ジャンプになっても不思議じゃない。いったんテラスに下降し作戦の練り直しだ。俺は直上するより、左に振って上部の小ハングを迂回する方がまだ可能性のカケラくらいはある、と判断する。夏の日差しと緊張で疲れきって、後をまかせて海岸まで下り一休みする。再びユマーリングで登って見ると、残ったメンバーは何の行動もしていなかった。メンバー同士のチームワークの欠如が露呈してしまった。ガッカリして急に壁にたいする興味が褪せてきた。今回は浦郷の民宿をベースにして、岩場に通う計画だったので、陽が傾き始めたのを理由に壁を下る。所が海は大荒れになり、迎えの船が接岸できない。水も食料も無いまま、崖下の岩の上で横になって夜を明かした。摩天崖は飛び降り自殺の名所で、海岸の藪の中には発見されない白骨がゴロゴロしていると聞いていた。気持ちの悪い夜が明けたが、海は相変わらず波が高い。やっと迎えに来た船は沖合い100mくらいで停泊して岸に近寄れない。我々は全ての装備や服を棄てて、パンツ一枚で荒れた海を船に向かって泳いだ。
d0007657_15212858.jpg
今では記憶もあいまいだが、摩天崖正面壁登攀の可能性について聞かれたら何ともいえない。何か新兵器を開発すれば、人工登攀100%で少しは見込みがあるかも?俺は全く興味は無いが。 壁の隅の方のルンゼは過去、広島や米子の人達によって登られている。正面は未登です。
by kikunobu111 | 2009-01-26 15:52 | ・爺の登山小史
鏡ケ成 「1.056mピーク」スノーシュー登山 参加9名
1/25(日) 風雪の松江を7時に出発。鏡ケ成手前の三叉路に駐車して、全員スノーシューを装着し出発。
d0007657_16555422.jpg
烏ガ山、南西稜の末端からラッセル。吹雪状態だが、交代でラッセルすれば汗ばんで来る。
d0007657_16581380.jpg
カラマツ林の尾根を忠実に詰める。東側に小雪庇が出来てる。クラストになったり、深雪になったり。
d0007657_1702437.jpg
2時間ほどで電波塔のあるピークに着く。視界がゼロで悔しいが、全員冬山気分を堪能。
d0007657_1731922.jpg
d0007657_174837.jpg
昼食を摂って同じコースを下山。今回使用したスノーシューは、MSRライトニングアッセントが多かったが、急斜面でも抜群の食い込みでBEST山岳スノーシューである事を再確認。outdoor kikunobu online shopへアクセス」
d0007657_17321992.jpg
登りでは転んでいた人も、下山の頃には、完全マスターしてました。
d0007657_17334466.jpg
d0007657_17394180.jpg

by kikunobu111 | 2009-01-25 17:04 | イベントレポート
地合の岩場
1/23(金) 早朝散歩は地合へ。ゴロタ石の海岸線を西へ20分くらい歩く。
d0007657_16475327.jpg
マーマーのボルダーがあった。少し行くと、面白そうなトラバースの課題が。今度マット担いで来よう。
d0007657_16495573.jpg
そしてメインウオール。よだれの出そうなルートが並んでいる。今年は登るぞ!
d0007657_16505430.jpg
帰途きれいな石発見。
d0007657_16512824.jpg

by kikunobu111 | 2009-01-25 16:51 | 店主のプライベート
爺の登山小史 No47
その年の夏、隠岐の島、国賀の摩天崖を直登しようという話が持ち上がった。5~6年前に、MCCが初登攀を目論んで、マスコミ取材の中で挑戦したが、ボロボロの岩質に中間部までで追い返されている。俺は部外者として、その挑戦の記事を冷ややかに見ていた。その時の残党が、夢よもう一度と声をかけてきた。大山北壁で、ボロい岩には良い加減ウンザリしてたので、あまり意欲は湧かないまま、ズルズルと仲間に加わった。そのトレーニングを兼ねて大山、大屏風岩、鏡ルートを登った。何度も登ってるルートで少しなめて掛かった。2ピッチ目、ロープが10m程伸びて、俺は浮石棚目指して、ジワジワと高度を稼いでいた。目の前にピトンが2本打たれて、赤いロープで連結されていた。確保支点にしては距離が短い。とりあえずそこで一休みと片手を伸ばして支点を掴んだ。体をグッと持ち上げた途端、2本のピトンはアッサリ抜けて、体がフワッと宙に浮いた。次の瞬間、俺は下のホールドに飛びついていた。自分でも信じられないほどの一瞬の出来事だった。
d0007657_15542661.jpg
屏風岩に残置されたピトン、それも新しいのは絶対信用出来ないが、そのピトンは余りに立派な確保支点に見えて騙された。
d0007657_1559182.jpg
写真はそのピトンです。記念に持ち帰った。5~6分気持ちを静めて、俺は再びリードを続けた。
8/3 メンバーより一日遅れて隠岐に着いた俺は翌日チャーターした漁船で摩天崖の下まで運んで貰った。
d0007657_164731.jpg
摩天崖(ラインはスカイライン部分)
by kikunobu111 | 2009-01-22 16:07 | ・爺の登山小史
七類の岩場
1/21(水)早朝散歩は七類~法田林道の展望台から見える、前から気になっていた岩場の偵察に、釣り師の固定ロープを使って海岸へ降りる。磯を5分くらい七類側に戻って、篠竹の急斜面を登り、岩場の基部へ。
d0007657_18242699.jpg
全体像は見えないが、カチカチの素晴らしい岩です。高さこそ15mまでだが、薄被りの壁にハングもあり、5.12を含めて10本は確実に出来ます。
d0007657_18275266.jpg
俺にはドリルも無いし、誰か開拓してくれー!
d0007657_18293940.jpg
d0007657_1834911.jpg

by kikunobu111 | 2009-01-21 18:30 | 店主のプライベート
皆ガ山(1.159m)敗退  単独
1/18(日) 6時に起きて、愛車をぶっとばし蒜山高原へ。スキー場の駐車場からスキーのシール登行。誰かのシュプールがあり、ガックリするが、暫くで引き返していた。目指す皆ガ山は遠い。
d0007657_19182820.jpg
中央の山が皆ガ山。
d0007657_19193563.jpg
イノシシの罠。
始めて登る山だ。最初は峠まで登り、アゼチを越えて行こうと思ったが、二日は掛かりそうなので、谷に下り、芋谷経由で直登の作戦に変更。谷に入るまでに何度も渡渉やスノーブリッジ渡りをさせられた。雪は異様に重く、スキーの上に乗った雪をどかさないと動けない程だ。
d0007657_19252758.jpg
 直径2mはありそうなブナの巨木。
d0007657_19264755.jpg
谷芯を頑張ってラッセル。気温が上がって、これだけ重い雪だと、雪崩の心配は殆ど無い。(良く気温が上がると雪崩注意報が出るが、これはおかしい。春の底雪崩ならいざ知らず、冬の表層雪崩は気温が低いほど出易くなる。気温が上がると雪の結晶が溶けてくっ付き非常に安定した状態になるのだ。)とは言え地形や状況によって異なるので、ご注意下さい。途中からワカンに履き替えるが、今日は道具の選択ミスだった。こんな腐れ雪の時はスノーシューに限る。
d0007657_19334585.jpg
5時間近くラッセルして、未だ2/3も来てない。情けないが敗退だ。今日の湿雪はキビシかったです。
d0007657_19373265.jpg

帰りに鏡ガ平に寄り、来週末予定のツアーコースを偵察。楽しそうです!
d0007657_193942.jpg
帰路イノシシの子供がチョロチョロしてました。
d0007657_19391952.jpg


d0007657_19504244.jpg

by kikunobu111 | 2009-01-18 19:40 | 店主のプライベート
プチドラゴンの紹介
山歩きの強い味方。トレッキングシューズのかかとに取り付けると、凍った雪道だけでなく、滑り易い泥道、濡れた丸木の階段、苔でヌルヌルの沢で安心して歩ける小道具です。(日本製、エキスパートジャパン)
d0007657_16264681.jpg
d0007657_1627655.jpg
d0007657_16271894.jpg
現在出回っている4本爪の軽アイゼンは爪が長くて、歩き難い事も多々ありましたが、これは非常に使いやすいです。outdoor kikunobu online shopへアクセス」
by kikunobu111 | 2009-01-16 16:29 | 商品情報
リハビリ登山Ⅱ 宝仏山(1.006m) 単独行
1/11(日)大雪情報の鳥取県、根雨へ。役場にPして出発。
d0007657_1744391.jpg
期待通り、誰も登ってない。400m付近でスノーシュー装着。標高差800m以上の一人ラッセルは地獄の隣くらいに楽しい。
d0007657_1815793.jpg
スノーシューでも膝上までの重い雪をひたすら掻き分ける。冬の大山なんて、初級ハイキングに思えてくる。
d0007657_18165729.jpg
d0007657_18173310.jpg
大平を過ぎて主稜線までの急登が一番辛い所。50歩数えては、呼吸を整える。風が無いのが幸いだが、粉雪が降り続ける稜線に出て、それから山頂までが、結構長い。
d0007657_18222487.jpg
4.5時間かかって登頂。やっと終わったという感じ。1分も留まらず下山開始。
d0007657_18235729.jpg
d0007657_18241158.jpg
視界ゼロの雪稜を全速力で下降。1.5時間で下山。途中で捻挫の後遺症か?足首の痛みを我慢しながら下った。スカッとしました。帰ってTV観たら好きな朝青龍が勝った。満足です!
d0007657_18392444.jpg
赤線が今日のルート。(青線は7~8年前の春、藪コギで登ったルート)
by kikunobu111 | 2009-01-11 18:26 | 店主のプライベート
爺の登山小史 No46
1977年 鳥取、兵庫の県境に連なる扇ノ山スキー登山に行った。スケールの大きい山で、広大な雪原は日本離れしていた。この山は尊敬する加藤文太郎のホームゲレンデだった。初冬の大山から船上山まで日帰り縦走もした。
d0007657_10401561.jpg
上2枚は扇ノ山ツアー。下は新雪の大山縦走路。
 そして1978年正月登山は、O君と2人で西穂高~奥穂高の縦走に挑戦。1月2日西穂高頂上直下でテント張る。  1月3日朝食を作ろうとしたら、ガソリンストーブが壊れて食事が出来ない。大事な水も作れない。この時点で退却を考えた。しかし山々は雲海に覆われ、はるか上空も雲が広がっているが風は無い。勉強した観天望気では、冬の北アは1日天気は持つと判断し、予定通り奥穂高に向かう。険しい岩稜コースを行くのは我々だけ。間ノ岳~天狗ノコル間は結構きびしい所もあった。途中O君がリュックに括り付けていたテントを落としてしまう。テント、コンロ無しでは、今日中に穂高小屋に着けなければ一巻の終わりだ。途中、昼食を喰おうとするが、一滴の水分も摂っていない喉に、ビスケットがつかえて窒息しそうになる。渇きと空腹に耐えながら、ジャンダルムのトラバースを無事終え、夕闇が迫る頃、氷に覆われたロバノ耳を越える。ここで始めてロープを使う。
d0007657_1451779.jpg
陽が沈んで暗くなった奥穂高山頂に着く。凍ったケルンにしがみ付いたO君の目に光る物があった。天気が悪化し地吹雪の中、暗闇の雪稜を穂高小屋へ慎重に下る。10時間の行動だった。小屋にいたパーテーにストーブを借り、際限なく水を作って飲んだ。  1月4日風雪の中、唐沢岳に向かう。下降路を間違え悪い岩稜を下り、又登り返し。唐沢岳西尾根は踏み跡もしっかりついていた。が、気の遠くなるような長い下降だ。昼過ぎ新穂高温泉に無事帰り着いた。
d0007657_14475463.jpg
d0007657_153324.jpg

by kikunobu111 | 2009-01-10 11:19 | ・爺の登山小史
爺の登山小史 No45
いつの間にか30歳。30まで生きてるとは思ってなかったので(レベルの低い山ばっかりやってて、生きてて当然なんだが)、これからの人生どうしよう?と考えると、呆然とする思いだった。憧れのヨーロッパアルプスは夢に終わったし、ヒマラヤももうチャンスは来ないだろう。(その後3度トレッキングに行ったが、これは殆ど仕事の一環だった)。これから全うな人生歩まねばと、嫁さん貰って暫くは、大人しくしていた。しかし1年もすると又、病気が出てきた。1977年3月、氷ノ山スキー登山にスキーの上手いN氏と行った。山スキーの楽しさに目覚めた登山だった。
d0007657_13575276.jpg
当時の山スキー、(靴は勿論、皮の登山靴.スキンはアザラシの皮)
 春になると遂に我慢出来なくなり、仁摩の竜岩にルート開拓を開始。M君と片道2時間をものともせず、9号線をせっせと通った。岩は軟らかく、ボルトの効きも悪いが、2Pのかなり危険なルートが完成。左稜線ルート(5級+)とムササビルート(5級)。左稜線2ピッチ目の核心部で、手持ちのピトン、ボルトが底をつき、ジャンピングを深く埋めて、それにタイオフして突破した。左稜線ルート完登の日は、眼下の道路で地元警察がネズミ捕りをやってたが、通りかかる車が俺達の登攀を見るために、皆スピードを落とすので、商売上がったりで気の毒だった。
d0007657_1358738.jpg
竜岩、(結局後に続く者は現れず、ルートは消滅)。
 登山はどんどんエスカレートして行き、1978年正月には、碌に滑れもしない山スキーを担ぎ、単独で後立山、五竜岳を目指した。大遠見岳の稜線に雪洞を堀り、翌日頂上アタック。しかし吹雪で視界ゼロ、黒部側からの猛烈な吹き上げの中、五竜の凍った岩稜は厳しかった。山頂まで50mくらいの所で、引き返す羽目になる。五竜冬季小屋に泊まって下山。遠見尾根の下りではスキーは殆ど担いでた。何の為の山スキーか良く解らない結果に終わった。(山スキーはそんなもんだ。ゲレンデスキーヤーとは違うぞ!という変な自負というか負け惜しみに固執していた。)
d0007657_14214546.jpg
上)遠見尾根にて、遠くに鹿島槍北壁、下)後立山主稜線にて。
by kikunobu111 | 2009-01-06 13:48 | ・爺の登山小史