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爺の登山小史 No24
この頃、週末に北壁を目指して集まる「やさぐれクライマー」は、元谷同人という緩やかな集団を作っていた。第1次元谷同人は、大倉大八、長久実、アイガー北壁で死んだ渡部恒明など一流のメンバーだったが、我々の第2次元谷同人は2流クライマー(と言ったら怒る人もいるだろうが)の集まりだった?メンバーは中国、四国と広範囲だった。その中にはOG氏というずば抜けたクライマーもいたが。彼は徹底した個人主義クライマーで、当時の日本の組織的ヒマラヤ遠征隊など馬鹿にしていた。その上、彼の登山装備が、我々田舎者が見た事もない様な、ヨーロッパ直輸入品だったので、存在そのものが実に輝いて見えたものだ。同人は毎年12月に恒例のザイル祭りを元谷小屋(今の小屋とは違う場所に建っていた)で開いていた。まー、言って見れば無礼講の宴会なんだが。俺はその頃やっと酒の味を覚えて、酔っ払うのが楽しくてしょうがなかった。かなり酒癖は良くなかったのだろう?宴会の途中で、悪酔いした俺を、皆が、「こいつ外へ放り出せ!」と担がれて小屋の前のごみ捨て場に放り投げられた事もある。
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半分新雪とゴミに埋まって、自尊心を傷つけられた怒りと、自業自得かな?という反省の気持ちが、酔った頭の中で交錯した。若者が酔って調子に乗ると、とんでもない事をやらかす物で、俺がゴミ捨て場でもがいてる間に、元気の良い10人近いメンバーが、冬の北壁、中の沢に夜間酔っ払い登攀を始めた。さすがにヤバかったのだろう。夜中の1時過ぎにF2下から降りてきたが。良い子は絶対こんな事しちゃいけません!
by kikunobu111 | 2008-03-30 18:36 | ・爺の登山小史
爺の登山小史 No23
70年(昭和45年)25歳の9月、パートナーのI野氏と土曜から元谷小屋に入り、早朝、屏風岩に向かった。倉吉のM氏の応援を受け、取り付きで青と赤のダブルザイルを結び合ってスタート。2度目なので順調にザイルが伸びる。時々降って来る落石に首をすくめながらも4時間弱で終了の固い握手を交わした。元谷沢登攀中の津山のS君からも祝福のホイッスル。ユートピア廻りで下りたら、出雲のT君が迎えてくれた。皆に見守られての充実したクライミングだった。
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右のサングラスがI野氏。左は友人のT置氏。
その少し後、俺とK田氏は中の原スキー場からテクテク歩いて甲川に向かった。岡山大山岳部による甲川遡行の記事が、当時の「岳人」の記録速報欄に載ったのを見て、思い立ったのだ。途中で道に迷いビバーク。二日目の昼ごろ川に着く。下の廊下入り口で、渡渉中に転倒し、買ったばかりの一眼レフカメラをパーにしてしまう。泳ぎと高巻きを繰り返し、夕闇が迫る頃、下の廊下を抜けてビバーク。当時は甲川の沢登りに入る者等全くと言って良いほど居なかったので、川は静まり返っていた。夜、河原で焚き火を挟んで酒を飲む。
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三日目殆ど高巻きで上の廊下を過ぎ(岡大も同様だった)源流を大休み峠まで遡り帰途に着いた。その後、俺の方は北壁にのめり込んだが、K田氏は甲川に取り付かれたように通い、遂に初完全遡行を成し遂げた。泳ぎながらのボルト打ちなど、大変な苦労だったと聞いた。大阪の某有名沢登りクラブが後から来て、勝手に登山雑誌に記録を発表。K田氏は苦笑いして終わった。現在、夏の甲川は全国から沢好きが登りに来るが、少しは初登者の苦労に思いを馳せて欲しい。
by kikunobu111 | 2008-03-28 14:51 | ・爺の登山小史
爺の登山小史 No22
1970年8月、出雲山岳会と共同で剣岳岩登り合宿をした。参加メンバーの中では俺が剣には詳しかったので、行動計画はかなりハイレベルな物になった。当時の地方山岳会としては、(今でも?)一流の合宿だったと思う。剣沢にベースキャンプを作り、八つ峰6峰Dフェース、Cフェースの連続登攀、チンネ左下カンテ~左稜線上部、そして源次郎尾根1峰平蔵谷側フェース名大ルート(これは当時の高難度ルートだった。)全てを予定どうりこなして、黒部川経由欅平に下って全員意気揚々と合宿を終了した。
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岩の訓練。(左)大山屏風岩取り付きにて。(右)大山、金門でアイゼンワーク。当時は8本爪なのでフリークライムの部分は非情に困難だった。
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剣合宿(下)剣沢、別山平BC(上)大荷物を肩に駅の階段を下る。
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(左)源次郎尾根1峰平蔵谷側フェース。(右)岩場にて。ハーネス(当時はゼルブストと言った)はチエストタイプ。松江に帰って屏風岩に向けての猛訓練が続いた。パートナーに選んだI野氏は天性のバランス感覚を持っていて、1年余りで5級ルートをリード出来るようになっていた。彼は本で読んだイタリーの名クライマー「アンドレア・オッジオーニ」みたいな印象だった、と言うのはちと持ち上げすぎか?ワルター・ボナッテイのパートナーとして、彼の影で目立たないが地味で素晴らしいクライマーだった様だ。モンブラン、イタリー側のフレネイ岩稜で仲間を救う為に最期を遂げるのだが。★裏話だが、K田氏が雷鳥をとっ捕まえて喰ってみたいと言い出し、真剣に手裏剣の練習を始めた。俺も結構悪乗りして、捕まえたら、テントに隠してむしった羽根は土に埋めれば大丈夫とプランを練ったが、本当にやってたら、刑務所行きだっただろう?
by kikunobu111 | 2008-03-23 16:52 | ・爺の登山小史
久々のスロージョグ
3/23(日) 3週間も風邪が続き、雑用もあり、体を全く動かしていなかったら、体重が4kgも増えた。未だ咳は止まらないが、我慢できず走ってみる。山道を40分ほどのトレールランだが、何とか走れた。体を使わないと、自分が生きてる事さえ不確かで、不安になってくる。これも精神的な病の一つかな?
by kikunobu111 | 2008-03-23 11:22 | 店主のプライベート
爺の登山小史 No21
この所、風邪気味で、雪山登山の予定が全てパーになってしまった。嫌味の様に毎日好天が続いて、ストレスの溜まる毎日です。しょうがないので「爺の」でも書くか? と言う事で、1969年になって、会の活動は益々訳のわからん方向へ(俺から見て)向かっていくし、一人で行く雪山と、ゲレンデでの岩登りが唯一楽しみだった。そのころゲレンデでは出雲山岳会の人達と一緒になることが多かった。リーダーはK田氏といって小柄で可愛い(と言ったら失礼だが)青年で、しかし岩登りに対する強い情熱が感じられ、初対面から好印象を持った。
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一方、MCCは市民ハイキングをやる事になって、天狗山の登山道整備や山頂での標識、ベンチ作りなどに駆り出された。本番では、若い男女が大勢参加し(当時山へ行くのは、中高年より若者が多かった。その若者が現在、中高年になって山へ行っているわけだが)、天狗山山頂で、合唱や、宝探し等で盛り上がった。俺はそういう雰囲気に溶け込めない変な奴だったのだろう?蚊帳の外にいる感じだった。それから間もなく1年ほど世話になった会を去った。自由の身になって、先ず最初に考えたのは、俺のリードで再び大屏風岩を登らねば!と言う事だった。新しいパートナーI野氏も見つかってトレーニングに精を出す日々が続いた。
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船上山でのルート開拓。
by kikunobu111 | 2008-03-15 16:14 | ・爺の登山小史
爺の登山小史 No20
当時,大山や出雲の岩場に行った帰りに、時々駅裏のホルモン焼き屋で祝杯をあげていた。俺はその頃、酒が苦手だったので仲間に付き合うという感じだったが。もう一つ大事な寄り道は、米子駅前の「大山山荘」という山用具店だった。小さな店だが一流品を置いていた。店番をしていたのが、「岩友会」という山岳会のK本氏というバリバリのクライマーで、俺はここでモンクレール(仏製)のダウンジャケットを買った。この服は中学生のころ観た「アルピニスト岩壁に登る」というフランスの山岳映画の中で、かのリオネル テレイが着ていたのと同じ品だ。支払いはある時払いという好条件だった。 当時ダウンジャケットなんて誰も着ていなくて、「それは布団で作った服か?」と聞かれたりした。MCCのメンバーに見られるのが恥ずかしくて、一緒に山に行く時は家に置いてた。この店は余りに品揃えがハイレベルすぎたせいか、数年で店を閉じてしまったが。
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 (左)大屏風岩、港ルート第二ハング下トラバース。(右)大山、別山バットレス。
ところで会の活動の方は、アルピニズム路線まっしぐらと言うより、ローカル、ハイキング活動と言った雰囲気になってきた。正月合宿は美保関から日御碕まで島根半島の分水嶺を掻き分けて縦走する事になり、俺は次第に違和感を覚え始めていた。1968年12月31日美保関灯台をスタートし藪コギを続けながら法田峠で一泊。真っ白い大山を眺め、「何でこんな事やってんだ!」とブツブツ言いながら歩いた。元日は降雪の中、枕木山手前の稜線で泊まる。三日目、大雪の中、枕木山頂でM氏等と合流。松江北山を縦走して講武に出て田んぼ道を歩いて朝日山頂で幕営。四日目の朝、起きたら靴がカチカチに凍っていた。結局俺はノルマを終えて一畑山付近で離脱。その後ローカル新聞に縦走の記事が出た。
by kikunobu111 | 2008-03-11 13:24 | ・爺の登山小史
宍道にクライミングウオール誕生!
宍道の運動公園内にクライミングウオールが出来たと聞いて、行って見ました。中々立派な屋外壁が出来ています。斜度110度?位です。着地も良さそうで安心して遊べます。
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裏側は写真で見ての通り、子供向けのスラブです。早朝徘徊する俺にとって最悪なのは、朝8:30からのオープンなので、実際上、使えないと言う事ですね。残念!
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by kikunobu111 | 2008-03-11 09:32 | 島根半島の岩場
爺の登山小史 No19
前夜から旧元谷小屋に泊まって、早朝大屏風岩へ向かった。対岸の墓場尾根下部(サポート尾根と呼ばれていた)で、島大山岳部のH君がサポートしてくれた。おにぎり岩の下、港ルートの取り付きでM戸氏とロープを結び合う。彼は馴れた動きでハングを越え、テラスに到着。大山特有のフリクションの効かない岩を慎重にフォローする。3ピッチ目で俺がトップに立った。わずかに被った凹角を抜け出た瞬間、頭上で雷の様な音が聞こえ、見上げると青い空一面に胡麻みたいな黒い粒が拡がり、グングン大きくなってくる。
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落石!大声を出して岩に全身を密着させる。無神論者の俺が、この時ばかりは死んだ爺さんの戒名を唱えていた。凹角を抜けて緩傾斜のスラブに出る直前で、もし落石が数分遅かったら当たってたかも?真下の第2テラスで確保していたM氏は動く事も出来ないまま、片足に落石を受けて呻いていた。落石の原因は上部にいたクライマーだった。OCCのK藤氏とH氏が正面カンテの最終ピッチにいた。彼等が誤って落とした岩が丁度真下にいた我々を直撃したのだ。こんな場合勿論、下にいる方が悪いのだが、OCCパーテイは西ルンゼから登ってたので、我々の上に来るとは思わなかった。M氏のダメージも登攀を中止するほどでは無かった。そして港ルートの難所、第2ハングのトラバースに差し掛かる。間隔の遠いハーケンを伝って左にトラバースするのだが、このハーケンが曲者で、全く信用出来ない。そして最期の第3ハング。これは殆ど泥に岩が挟まった様な状態で、アブミに乗ると、ハーケンは今にも抜けそうに震えている。事実上の終了点である「肩」に着いた時はホッとした。慎重にもう1ピッチ伸ばして、ロープを解いた。硬い握手を交わし、心ウキウキと屏風尾根を縦走路に向かう。M氏はビッコを引き引きだ。
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それにしても大山の屏風岩は脆い。それまで登った剣岳や穂高の岩登りとは、異質な物だった。(岩登りと言うか、泥壁登りと言うか?)しかしこの糞壁にその後永らく取り付かれる事になろうとは!★OCC; 岡山クライマーズクラブ。その後、日本を代表する過激社会人山岳会となる。リーダーのK藤氏を中心に、すごいクライマーが揃っていた。黒部奥鐘山西壁、ペルーアンデス、インドのナンダデヴィ、K2等登っている。ここからは、日本のフリークライミングの草分けも出ている。
by kikunobu111 | 2008-03-09 10:59 | ・爺の登山小史
爺の登山小史 No18
岩場や山行きの為に、スズキの50ccカブを買った。こいつは非力ではあるが、大山寺までの坂も良く登ってくれた。空気の匂いを嗅ぎながら走る爽快感は格別で、以後何台バイクを乗り継いだことか?(全て中古だが)
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最期に手に入れたヤマハDT1は真っ赤なタンクで惚れ惚れするデザインだった。ヒマラヤ遠征の資金の足しに売ってしまったが、今でも可能なら又、乗ってみたい。(誰か中古を譲っても良いという人いませんか?)そういえば当時のアメリカ映画「イージーライダー」もバイク好きに拍車をかけた。少なくとも15回以上観たな。ピーターフオンダと俺ではカッコ良さの点で余りに差がありすぎだが。しかしお気に入り映画3本の指に入る名作です。余談になったがMCCに入って最初の登攀は、大山、北壁別山だった。これは見かけは迫力あるが、岩登りというよりヤブ漕ぎだった。左の視界の隅にチラチラ見える大屏風岩が俺を呼んでるぜ!と思いながら登攀を終えた。そして1968年の秋、M戸氏と大屏風岩、港ルートに挑戦する事になった。
by kikunobu111 | 2008-03-07 13:46 | ・爺の登山小史
春物、続々入荷中!
2008年春の新製品が入荷中です。春らしいヴィヴィッドなカラーが増えております。山登りだけでなくトレールランニング用ノウエアーも入荷中!(靴関係はもう少しお待ちください。)
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by kikunobu111 | 2008-03-03 15:15 | 商品情報