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菊信じじいの登山小史 4
高校に入学したら、タイミング良く「松高ワンゲルクラブ」が出来たので、早速入部。しかし当時、安保闘争の真っ最中で、山にも行かず、部室で左翼思想の議論ばっかり。アホの俺はついて行けず、「山にも行かないで、何がワンゲルだ!」と、すぐ退部。それからの俺の人生は、孤立無援、単独行の日々が続く事と成った。
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所で学校の帰り道に、「双葉商事」という米軍の放出品屋があって、登山に使えそうなものが、色々と並んでいた。山登りに熱が入ってくると、オニツカタイガ-では、どうも不満で、皮の登山靴が欲しかったが、とても手が出ない。米軍の兵隊靴の底に、鋲を打てば山で使えそうだ。(当時の登山靴は、ナーゲルブーツと言って、ムガー、クリンカー、トリコニーといった鉄鋲が打ってあり、歩くと、ガチャガチャ音がしたものだ。)しかしフイットする靴が無く、諦めざるを得なかった。
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話の脱線ついでに、登山服装の変化をイラストにしてみた。
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図の左のイラストが当時の正統派アルピニストの服装だ。ウールツイードの着古したジャケットにダブダブのニッカーボッカー、ウールのニッカーホース(普通,白色)、パイプは登山家の必需品で、出来ればダンヒル、(禁煙なんて許し難い愚行なのだ!)英国貴族の影響なんだろうが、実際、イギリス人達は、この格好で、エベレストにも挑戦している。当時の大山では、こんな奴はさすがに少なかったが。真ん中は、フランスのガイド達が、世界の登山界を牛耳るようになってからだ。特にガストン・レビュフアの本は沢山翻訳された事もあって、日本中のクライマーは彼のファッションを真似した。ウールの洒落たデザインのセーター、細身のニッカー、ニッカーホースは白で、少し短く、チラッと膝下に毛脛が見えるのが、カッコ良いとされた。靴は勿論ビブラム又はピレリのソールの足首の深い革靴。俺もその頃、出版されたフランスやドイツの登山家達の本を貪るように読んだものだ。テレイ、ラシュナル、ヘルマンプール、ハーラー、フレンド、エルゾーグと綺羅星の如く、すごい奴らが活躍してた時代だ。彼等の個人主義登山思想は、ちょっと歪んだ形で俺に大影響を与え、以後、完全に世間から浮き上がる事となった。右が現代に通じるアメリカ型スタイルだ。初めてこんな写真を見たときは、ニッカーも履かずに、長ズボンで登山をするアメ公達の神経を疑った。こいつらは非常識だ。山を冒涜しとる!と本気で思ったものだが、今は皆、アメリカンスタイルになってしまってる。(勿論、俺も。)
by kikunobu111 | 2007-01-28 18:34 | ・爺の登山小史
新製品の紹介
ペッツル(仏)超軽量、高性能ヘッドランプ入荷!
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by kikunobu111 | 2007-01-27 08:52 | 商品情報
漫画、菊信じじいの登山小史 3
中学2年の時、友人と熊野の天狗山に登った。今は道も無い市場谷コース。松江市内からバスで登山口の市場へ。ここから美しい小渓谷沿いの山道を辿っていくと、炭焼き小屋が点在している。谷の一番上にある炭焼き小屋の軒下にテントを張り、アタックキャンプとした。土窯では炭を焼いている最中で、暖かい一夜を過ごした覚えがある。
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翌早朝、谷を詰めると、30m近い滑滝が出現。右岸の直登で天狗山山頂を踏んだ。
 中3の夏には、大山全山縦走に挑戦。縦走路では、高度感に目が回りそうになった。地獄谷の駒鳥小屋に着いたら、いかにも山男といった感じのおっさんが3人いた。ニッカーボッカーをはいて、スエーデン製の灯油ストーブで食事を作り、明日は東壁アタックだと言って、ザイルをしごいていた。
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我々は外で、焚き火での飯盒炊さんである。憧れの眼差しで見ていると、彼らはリュックから注射器のセットを取り出し、お互いに注射をし出した。一流の登山家は、疲労回復に注射器まで用意してるんだと、ますます感激して見ていたが、後で考えると、何か怪しい注射じゃなかったかと思う。
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三日目に大休峠に出て甲が山を越え、船上山から山川木地に下った。バスを待つ夏の夕暮れ、地元のお婆さんに頂いた西瓜の味と蝉時雨は忘れられない。(続く)
by kikunobu111 | 2007-01-24 18:46 | ・爺の登山小史
漫画、菊信じじいの登山小史 2
登山にはまりだすと、登山道具が欲しくなる。冬休みになると早速、新聞配達を始めた。稼いだ金で、欲しかったリュックとアノラックを手に入れるのだ。
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。当時、天神町に日の丸スポーツがあって、そのウインドウに燦然と輝いているそれらの商品は、ガキが冬の早朝、働くだけの値打ちが充分あった。そして登山靴。これは、ガキの新聞配達では、とても追いつかないので、足りない所は親の援助を仰いだ。オニツカタイガー(今のアシックス)の軽登山靴は土踏まず部分に金属製のスパイクが付いていて、当時、松江の北山に多かった木馬道の枕木の上を歩く時、非常に重宝した。買った当座は嬉しくて、夜、フトンの中に持って入り、その独特の臭いを嗅いで陶然としていた。中学校のテニスコートの横に赤土の5~6mの崖があり、浅いホールドを作って、7~8ルートが完成した。本の知識から、6段階制のグレーデイングをし、クラスの悪がきグループで休み時間になるとセッションを繰り広げた。高難度ルートに挑戦した友人が失敗して、転げ落ちたりしたが、不思議と怪我人は出なかった。ある日、嫌な教師に見つかり、全員、職員室に連れて行かれ、こっぴどく叱られて、地獄の学校生活での唯一楽しい時間は消滅した。
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そんな事でめげる俺ではない。アルカイダのテロリストの如く、ひっそりと、ロープ(漁具屋でマニラ麻のロープ)を購入。当店で売っていた片手鍬、くさび(ハーケンの代わり)、金槌をちょろまかし、友人と、郊外の赤土の崖を探しては、ルート開拓に励んだ。
by kikunobu111 | 2007-01-21 18:25 | ・爺の登山小史
漫画、菊信じじいの登山小史  1
1957年(13歳)の時、じじいの登山は開始された。周囲に山好きなど皆無。級友の中に、ボーイスカウトという組織に入っている奴がいて、彼に誘われて枕木山に登ったのが最初だった。純真無垢だった俺は、一発で登山狂いという脳病を患ってしまい、毎週、日曜日には、母が作ってくれた弁当を風呂敷に包んで、たすき掛けにし、松江近郊の山々を登りまくった。
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松江一中の制服,制帽、風呂敷には、弁当と親父の軍隊時代の水筒が入っている。ピッケルは本を参考に木をナイフで削って作った。履物は夏は、ズック靴に親父のゲートルを巻いて、冬は長靴の上を荒縄で縛って登った。当時、県立図書館は城山二の丸にあり、そこの登山関係の本は片っ端から読んだもんだ。(続く)
by kikunobu111 | 2007-01-20 18:53 | ・爺の登山小史
タイのクライミング Climbing in Thailand
正月も終わり、航空券がガクッと安くなるのを待って、タイ南部、プラナーン半島にクライミングに行って来た。パートナーは、クライミング経験ゼロの息子です。バンコクから格安の国内ローカル航空のチケットを使って、クラビーへ。アオナンのホテルを取る。ここからビーチに出て、渡し舟(ロングテイルボート)で岩場のあるプラナーン岬まで毎日通う事になった。この地方は大石灰岩地帯で、至る所に大岩壁がある。車窓からは、点在する農家の裏庭に、それぞれ備中の権現エリアクラスの壁が聳えているのが見える。全く手付かずのままだ。目的の岩場にはルートが1.000近くあるんじゃないかな。ショートルートから、大山の屏風岩よりでかいマルチピッチルートがゴロゴロ。岩質、形状、どれを取っても、涎が出そうなルートばっかり。昔見たビデオで、ロン カウクがThe rock is gold!と喚いていたが、本当に宝の山だ。岩場の下で、息子にハーネスの付け方から教えて、クライミング開始。彼、最初は、5.8のTRも登れずショックを受けていたが、二日目には、5.10aを余裕でこなし、確保の方も、俺の4mの墜落を簡単に止めてくれる程になった。
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one two three area
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クライミング初挑戦の息子
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ton sai bay
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dum‘s kitchen
夜はアオナンの食堂で、美味しい料理とビールで至福の時を過ごす。三日目、休養を兼ねて、ピーピー島(アンダマン海の沖に浮かぶ島)の珊瑚礁でシュノーケリング。今回の旅では日本人に殆ど会わなかった。正月休暇が終わったせいか?99%が白人、それも北欧からの家族連れが多い。彼らにとって東南アジアは夢の世界なんだろう。それとガキからジジババまで殆どの人がタトウーを入れてるのには、ビックリだ。
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ピーピー島
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アオナンの屋台で
クライミングに戻って、俺の方は徹底的にオンサイト狙いで行く。面白いルートが山ほどあって、2回も3回も同じルートに掛かっている余裕は無い。自分の力では、6c(5.11a~b)あたりがOS狙いに手ごろなグレードだ。トポにも書いてあるが、日陰のエリアで登らないと、ひどい目にあう。幾らチョークを付けてても、掴む岩が、手形状に濡れてズルズル滑る。しかし日影のエリアは海風が吹いて快適だ。岩は変化に富んでいて、空中に垂れ下がった鍾乳石に飛びついて登ったり、遊園地で遊んでるような感覚で、こんな楽しいクライミングは知らない。OSに成功すると、周囲の外国人達が寄ってきて祝福してくれる。日本では余り無い事で、すごく嬉しい。挑戦したいルートは無限にある。パワー、テクニックをもっと磨いて、来年も来よう!
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トンサイのオーバーハングルート
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we sad
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夢の様な毎日はアッと言う間に終わり、糞暑いバンコクを経由して帰りました。
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by kikunobu111 | 2007-01-16 16:12 | 店主のプライベート
高渋山、途中まで。 単独
1/4(木) 早朝ヤブ漕ぎジョギング&道作りという忙しい登山を実行。左手GPS、右手に鎌、タイツにジョッギングシューズと言ったいでたちで、三坂山へのゲートをスタート。三坂山から北へ向かって稜線を走る。大山の日の出が美しい。
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最初の内、I崎氏の目印あり、歩き易い。最低鞍部からヤブが密になってくる。鎌を振るい、イバラを切り開き、時々ナタ目を残して進む。
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1.5時間で、435mの三角点。初売りの店開きが待っているので、今朝はここまで。往路を引き返す。
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ゴールに着いたら別の車が。I崎氏だ。今のコースを行くと。健闘を祈って分かれる。
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by kikunobu111 | 2007-01-04 11:52 | ・松江市内
低空飛行 Fly Low
1/3(火) 正月最後の休日。Mウオールでゴキブリのムーブを体感し、天気が回復してきたので、平田の桧ガ山333mに家内と登る。道はあるが、ひどい急登だ。熱燗でおせち料理を味わい、酒気帯び下山。帰りの運転は勿論家内におまかせ。こんな正月の過ごし方、うん十年振りだが、低空飛行も良いもんだ。(負け惜しみ?)
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by kikunobu111 | 2007-01-03 14:55 | ・島根県内
初滑り 桝水 New Year Skiing
1/1(月) 雑煮と朝酒の誘惑を断ち切って、大山にゲレンデスキー。新年早々、軟弱派の本領発揮だ。
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私の大好きな桝水ゲレンデに行く。スキーヤーは私だけ。何という贅沢!ヘボテレマークスキーをやりまくっても一切遠慮が要らぬ。3時間ほど滑って帰途に着く。その頃には、ボチボチ人も増えてきた。
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山頂付近は雪煙が上がっていた。風が強そう。
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スキーから帰って、晩餐の酒宴の前に、郊外に出て、朝日山の風景を描く。目出度い、目出度い。
by kikunobu111 | 2007-01-01 19:14 | ・菊信ギャラリー